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忍者発祥の地で「リアル忍者」から学ぶこと!

滋賀県:甲賀の里・忍術村  北斗白影さん

時代劇には欠かせない「忍者」。大河ドラマ「どうする家康」でも忍者が活躍していますが、忍者がアニメ化され忍者ブームは世界に広がっているそうです。しかも、ヨーロッパでは忍術が習えるカルチャースクールが盛んで、その人たちが聖地巡礼で忍者発祥地の伊賀・甲賀の里に訪れているそうです。戦国時代「忍者」はどのような生活、役割を担っていたのか興味が湧き、甲賀の里の北斗白影さんに「リアル忍者」を教えていただきました。

なぜ滋賀県と三重県の間に伊賀・甲賀忍者が住んでいたのでしょうか。

北斗さんによると「東海道と中山道の分岐点が甲賀あたりで、人の往来も激しいところ。奈良の平城京や京都からも1日で帰って来られる地域で、文化が行き交い情報が得やすい場所だったわけです。しかも東の鈴鹿山脈には植物や薬草が群生し、薬などの原材料を調達するにも良かったところです」

信長の天下取りでも欲しいポイントだったそうです。

また、戦国時代はこの地域は甲賀郡中惣(こうかぐんちゅうそう)という甲賀武士が自治組織を形成して、大名の影響を受けず封建的なやり方には属さず、外敵から武力によって制圧されないために、自らを守るため武装技術を高めていったようです。

忍者として活躍するようになったのは室町時代後期の長享元年(1487年)の六角征伐で甲賀一族53家が活躍。その後各大名に仕えるとともに、全国各地に移っていった者が、いろいろな流派を作り地方大名に仕えたようです。

北斗さんも先祖代々この地で生まれ育っています。

「職業が忍者というのはなく、生業が百姓やキコリ、薬売などで、そこで培った技術やノウハウなど得意分野をうまく生かしていた。すごく観察力に長けていたように思います。

忍術は山伏兵法や山岳兵法を取り入れ、野山をかけ回ることによって身につく技術やノウハウが秘伝書に書かれています。技の名前は動植物から付けられ、忍術には“この葉がくれ”や“キツネがくれ”など。速く走りたい時には速く走る動物の真似をしたり、アメンボのような形の水上歩行器など、人間の身体能力を補う忍器の作り方なども書かれています」

この忍術が書き残されている三大秘伝書は万川集海(ばんせんしゅうかい)と正忍記(しょうにんき)、忍秘伝(にんぴでん)でこれらは、忍者愛好者も読み漁っているようです。

甲賀地域は忍者以外にも発祥の物が多いそうです。

「最澄が延暦寺からお茶の種を持ってきて栽培を命じたのが甲賀の紫香楽宮(しがらきのみや)。そこから奈良へと広がり、日本で最初に量産を始めた『朝宮茶』(あさみやちゃ)もこの甲賀地域です。また、10時と3時にお茶を飲む文化もその時代からで、お茶の抗菌作用(カテキン)で口内細菌を整えることによって病気になりにくくするという忍者の教えがあります」

万川集海を読み解けば呼吸法や千里善走法(せんりぜんそうほう)など、人間の身体構造と使い方など、今の時代にも応用できる技術はたくさんあるそうです。

 

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