48歳からの華麗な生き方・老後をサポートする

すべての人のためのデザインを着物のリメイクが可能にする!!

神戸芸術工科大学 ファッションデザイン学科

教授 見寺貞子さん

服に携わって40年。大きな転換期となったのは1994年、大学の教師になった翌年の阪神淡路大震災。価値観が変わり、服に対する取り組みも変わったそうです。震災復興後、神戸市と一緒に『兵庫モダンシニアファッションショー』を始め、そのことがきっかけで障がい者や高齢者の服の在り方を研究。さらに着物をリメイクした服作りがさまざまなところで活用されるようになっています。その見寺さんの取り組みについて伺いました。

 阪神淡路大震災に遭った見寺さんは、「震災で亡くなった人たちを見て、ファッションって何の役にも立たない、これでいいのかなと思いました。そして、生きる為の服、身体を守る服ってなんだろうかと考え、身体に優しいベビー服を研究したり、日常でも非日常でも対応できる登山服、がん患者の方が帽子が欲しいと要望されれば帽子のデザインもしてきました」

来年、定年を迎える見寺さんはそんな経験から「日常生活のちょっとした問題をファッションで解決できたら、一番いい人生が歩めるかな。それが最終の目標です」と話されます。

『モダンシニアファッションショー』の第1回目は兵庫区で20名ほどの障がい者と高齢者がモデルになり、自分の洋服を持ち寄り見寺さんがコーディネートするという趣向。「何万部とチラシをまいたのに、350名入る会場には20名ほどしか来なかったことに参加した人たちはショックを受けたんです」

翌年、見寺さんは兵庫区の自治会長や婦人会長に参加を呼びかけ、健常者のファッションショーを開催すると350名の会場は満席。3回目には障がい者と健常者を2部制にして開催したところ盛況で、それ以降毎年開催してきたのがコロナで中断。今年はセミナーや体操、ヘアメイクなどの趣向に変えて開催されました。

着物のリメイクのきっかけはファッションショー参加を呼びかけた時「車椅子や障がい者の方が、持ってくる服がないといわれたので着物でリメイクしたんです。着物は高齢者には馴染みがあり調整がしやすい。ムササビパンツやブラウス、ベストを作ったところ好評でした。毎年続けているとショーに着物で参加する方も多く、自分でリメイクする方もいて、その方から学ぶことも多かったです」

ショーが10回目を終えた時に、マイノリティー映画の田中幸夫監督が、映画を撮らせてほしいと申し出があり11回目を開催。映画「神様たちの街」が完成、今年のワークショップにもこの映画が上映されたそうです。

「40年間服に携わってきましたが、着物は全然飽きないんですよ」と見寺さんは、中国や韓国でユニバーサルファッションを広め、神戸の「大人の洋裁教室」で着物のリメイクを教えています。その作品を見ても決して着物だとは思われません。

「定年後はもっと自由に好きなことをやっていきたい。社会の人たちに、今まで培ってきたものを提供できればいいかなと思っています」と。すでに昨年12月にスタートした就労継続支援B型事業所アトリエ「Rin」でデザイン顧問として活動を始めています。

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