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知ってますか? 認知症 (50)

川崎幸クリニック 杉山孝博院長

認知症とわたしの29年

家族の気持ちを受け止めて

 この連載も今回を含めて余すところ2回となった。今回はわたし自身の認知症とのかかわりを取り上げることをお許しいただきたい。

認知症にかかわったきっかけは、1981年初め、地域医療に関して交流のあった京都・堀川病院の早川一光先生から「家族の会の神奈川県支部を結成したいので手伝ってほしい」という電話をもらったことである。

わたしは学生時代から「サリドマイド」「スモン」といった薬害問題や水俣病などの公害問題に市民運動として取り組んだ経験を持っていたので、支部発足の手伝いを気軽に引き受けた。

会場を手配し、早川先生を迎え、第1回目の「つどい」が開催されたのは1981年4月29日であった。

当時、わたしは認知症の人をあまり多く診察していなかったし、認知症の症状や出現率などの基本的なデータすら知らなかった。しかし、在宅ケアを懸命に行っている家族を支えることに医療は一定の役割を果たすことができると考えていた。

それでも初めは、「つどい」に毎回出て医療的なアドバイスをすればよいのではないかと考える程度であった。

ところが病院の診察室では経験することのできない、家族の思いや率直な希望、医療に対する不満を直接聞くことができて、認知症に対する自分自身の認識の甘さを思い知らされた。

認知症パンフレットの作成、「ぼけ相談室」の開設、介護教室の講演などに積極的に取り組むようにした。

専門家としての立場から認知症をめぐる普遍的な問題を抽出して、「認知症をよく理解するための9大法則・1原則」「家族のたどる心理的ステップ」「上手な介護の十二ケ条」などの形にまとめて、認知症の問題をだれにでも分かるように努めてきた。

90年代半ばからは、認知症グループホームの調査研究や、その質の向上を目指すための外部評価制度の確立にもかかわった。

家族の会全国本部では94年に理事、2005年には副代表理事となり、同会神奈川県支部では2000年に代表となって運営に携わることになった。

29年前、認知症問題にこれ程までにかかわりを持つとは想像もできなかった。切実なニーズに基づいた当事者の気持ちを理解しまじめに取り組めば、10年後、20年後には皆が理解してくれるようになると自信を持って言えるようになった。家族の会にかかわったお陰だと感謝している。

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