あなたの『終の住処』はどこですか?!〈連載5〉

『認知症』独居でも在宅で過ごせます!
認知症専門医の在宅医療、在宅で認知症診断もします!
福岡市東区:医療法人すずらん会・たろうクリニック 内田直樹院長
福岡県は医療機関が非常に多く、後期高齢者あたりのベッド数は47都道府県で一番。さらに福岡市は福岡県平均よりもベッド数が多く、何かあればすぐに入院できる地域だそうです。そのような地域であっても、全国でも珍しい認知症専門の精神科医が在宅医療をしているのが たろうクリニックです。
長崎県出身の内田直樹院長は大学卒業後、福岡の大学病院を選択。その時の浦島創先輩がこの医療法人すずらん会の理事長(現在は東京都江戸川区東葛西で在宅医療をしています)です。内田院長は12年間の大学病院の経験を経て、8年前に たろうクリニックに来ました。
当時、300人ほどだった在宅医療患者は現在1,050人。そのうち認知症の診断がついている人が95%、平均年齢が82歳、一人暮らしは50人。重度認知症「デイケアうみがめ」は定員25名、別に物忘れ外来で月に10名程度を診療しています。
そして、病院に行きたがらないお年寄りには、在宅で認知症診断をするのも有難いことです。このような認知症専門医のサポートが各地域にあれば、在宅で安心して終末を迎えることができ、看取りまで診てくれるそうです。
たろうクリニックの認知症患者への関わり方をお聞きしました。
在宅患者の認知症は重度化しているので
早い段階で介入し症状を遅らせたい
たろうクリニックを紹介する約4割がケアマネジャーからの紹介です。
認知症が進行したり、病気が重くなって本人が病院に行くのがつらくなった時にケアマネジャーから「在宅医療があるよ」と言われ、「たろうクリニック」を勧めるそうです。
内田院長は「私も含めた常勤医師8人のうち6人が精神科医です。在宅のニーズはすごく多いので、採算面から言えば在宅医療だけやっていればいいところもあります。しかし、在宅はどうしても重度の方が中心になるので、もっと早い段階で介入することで、進行を遅らせたり違った形にできるかもしれないと思っています。そのために物忘れ外来をしています」と話しています。
病院へ行かないのは医療機関中心のシステムだから
「それなら在宅で認知症の診断をしましょう」
家族はお年寄りが認知症かどうかハッキリさせるために、病院へ連れて行きたくても連れていくのが大変だという話から、たろうクリニックでは在宅訪問して認知症の診断をします。医師が在宅に行くとお年寄りは歓迎してくれるそうです。
内田院長は家族が病院へ連れていくのが大変なのは2つ理由があると言います。一つは病識の認知が低下するため、本人が病気じゃないから病院に行かないという。もう一つは病院の医療機関中心のシステムが、認知症の方にとって受診負担が大きいことだと指摘します。
「お年寄りにとって病院は、当然予約しないといけないわけですし、診察券は
病院ごとに違う。毎月保険証を持ってこいと言われ、予約で待たされ診察で待たされ診察はすぐに終わって、今度お薬は薬局に取りに行きなさいと言われる。これは病院の医療者が働きやすいようにデザインされており、高齢者が認知症になってくると受診の負担が大きいんですね。しかも認知症になっていくと予約日を間違ったり、診察券が見つけられなくなって困るとか、色々引っかかるポイントがあるわけです。
そのようなことから病院に行かないお年寄りのために、在宅訪問して認知症の診断をします。認知症と診断がつけば本人に認知症だと伝え、僕らが訪問してあなたが安心してここで生活できるようにサポートさせてくださいと言うと、それでは是非よろしくお願いしますということになります」
さらにお年寄りに対しては、年を取ると誰でもボケるものですという話もするそうです。
家族や地域の人たちの環境が整えられれば
認知症でも一人暮らしできます
在宅医療で訪問していても、家族が心配して施設に入れるケースも多いそうです。介護保険でケアマネジャーから紹介された時には要介護度は2〜3。
たろうクリニックの初診患者の割合は在宅30%施設70%ですが、再診患者全体でみると在宅25%施設75%となっており、在宅患者が途中で施設に入所されます。これは本人が希望する場合もありますが、ほとんどは家族やケアマネジャーの判断のようです。
「施設入所は重度の認知症の方もいますが、体がピンピンしていて歩き回れるけれども認知症がひどく、要介護1ぐらいしか認定されないケースもあります。そういう人が家でボヤ騒ぎを起こしたり、迷子になったりすると施設に入れるかねということになったりします。
要介護度よりも何を優先するかとかいうことですね。
家族はリスクのことを話され、迷子になって警察のお世話になると、迷子をゼロにするには鍵のかかる施設に閉じ込めた方がいいわけです。家族がそのリスクがあっても、本人が過ごしたいというところを選択してあげるには周囲の理解が必要です。散歩していると声をかけてくれるとか、そういう地域ですと生活しやすいです。いろんな環境が整えば認知症でも一人暮らしもできるようになります」
たろうクリニックの在宅医療を利用しているお年寄りの中に、認知症を自覚している95歳のおばあちゃん(写真)が、3年前に骨折をきっかけに施設に入ったそうです。ただ施設の対応が気に入らないからということで一人暮らしを始め、自分でご飯を作ったり掃除をして、週1回ヘルパーさんが入っています。要介護2で今も在宅医療を利用して一人暮らしをされているそうです。
認知症は『予防』ではなく『備え』が必要!
人と話す・体を動かす・バランスの良い食事
内田院長は地域の公民館で地元の人たちへの講演で、『予防』ではなくて『備え』が重要だと話すそうです。
「備えには人と話すことと体を動かす。バランスの良い食事と規則正しい生活が重要です。それには何がいいかと言うとデイサービスなんですよ。デイサービスに行くと、人と話をして体を動かして生活リズムを整えることができます。
また、依存先が奥さんや家族であったりと偏っていたりするので、依存先を増やしましょうということで、ヘルパーさんや訪問看護、訪問歯科、訪問リハビリを入れたりして環境を整えていくのが僕らの仕事の基本です」
たろうクリニックが関わるときに介護保険を受けていない人もいるので、主治医の指示書を書いて介護保険につなげていくそうです。
認知症に関わる在宅医療での問題点は
認知症に対するイメージが偏りすぎていること
内田院長が在宅医療との関わりの中で、一般の方の認知症に対するイメージが偏りすぎていると思っているようです。そのことによって診断が遅れたり、遅れることによって健康な生活ができなくなると言います。
「例えば、ゲートボールに行っていた人が認知症の初期の段階で、見当識障害で日時がわからなくなることがあります。約束の日を忘れて失敗するともう行かなくなるわけです。せっかくゲートボールに行って人と話をして、体を動かしてバランスの取れた食事をして、規則正しい生活ができていたのが、やめると認知症の進行が加速するわけですね。
本来であれば周りも“あの人ちょっとボケてるよね。でも自分もいずれそうなるから”という風にサポートすることをやってあげて、ゲートボールを続けていれば、その人の認知症の進行は緩やかになるはずなのに、現状は認知症のイメージが悪すぎることで、かえって認知症の診断が遅れて引きこもった生活になり、進行が加速するというわけです。
また、ゲートボールは集団プレーなので、失敗すると周りの人が怒ったりイライラしたりするので、だんだん行きづらくなって行かなくなるという複合的な理由があります。
認知症の初期で適切なサポート体制があれば、いつか自分のためにもなるよねという思いもあります」
このように一般の方の認知症のイメージを和らげる必要があり、歳をとるとみんな認知症になるということを広く知ってもらう必要があるそうです。
福岡市は認知症や家族がいきいきと暮らせる
「認知症フレンドリーシティ」を宣言
福岡市では、人生100年時代を見据え、誰もが心身ともに健康で自分らしく生きていける個人の幸せと、持続可能な社会を両立できる健寿社会のモデルをつくるプロジェクト「福岡100」のひとつとして、2018年 2月に認知症の人やその家族がいきいきと暮らせる認知症にやさしいまち「認知症フレンドリーシティ」宣言をしたそうです。
内田院長は*「認知症フレンドリー社会」(著者:徳田雄人)の本から、その考え方について、「現状は認知症対処社会で、認知症の人が起こす問題をみんなでどう対処するかと考えるわけですが、もうすでに600万人以上の認知症の人がいて、2060年には1000万人を超えるという推計があります。日本の人口は減り続け、その一方で認知症の人が逆に多数派になるわけです。そんな時に、認知症の人の課題を認知症でない人が解決しようとやっていても追いつかないわけです。やるべきは認知症になってもいきいきと生活ができる、認知症とともに生きることができるより良い社会にしないといけない。認知症対処社会から『認知症フレンドリー社会』にアップデートしないといけないという考え方です」
前に述べているゲートボールの話のように、認知症になってもゲートボールが楽しめる社会が「認知症フレンドリー社会」だと言います。
*「認知症フレンドリー社会」(著者:徳田雄人)岩波新書
全国に認知症の在宅医療が広がることを期待したい!
医療機関が山ほどある福岡市ですが、認知症専門医が月2回、何かあれば365日24時間訪問してくれるので、認知症でも在宅で暮らせることができます。
医療分野においても認知症専門医が在宅医療をしているクリニックは数少ないそうで、「精神科医の中で在宅医療をしている人は少ないですし、在宅医療の分野で精神科医は少ないです。在宅医療の学会では精神科の知識や認知症の知識について話し、精神科の学会では在宅医療について講演したりしています」と内田院長がその橋渡しをしています。全国に認知症でも在宅で療養できるように広がって欲しいものです。
内田院長は「在宅訪問は夏は暑いし冬は寒いですが、年配の方は行くだけで先生が来てくれてと感謝されます。医者としてやりがいはありますよ」と話されています。