知ってますか? 認知症 (36)
川崎幸クリニック 杉山孝博院長
ペースは合わせるもの
気持ちの余裕が大切
「先生は、『認知症の人の言動にまず合わせなさい。焦ることはあなたの負けですよ。認知症の症状がひどくなって、介護の負担が増すだけです』とおっしゃいますが、実際に介護している身になりますと、そう合わせてばかりはいられません。しなければならないことが山ほどもあるのですから」
極めてもっともな言葉だと思う。仕事や家事をこなしながら、さらに介護をしている人に対して、「認知症の人のペースに合わせなさい」と要求するのは過酷かもしれない。
それでは、認知症の人の気持ちをうけとめて上手に介護している人はすべてを介護に費やしていて、自分のことや家庭のことをする余裕のない人であろうか。筆者の経験では必ずしもそうではない。むしろ、うまく自分の時間をつくっている人ではないかと思う。
「ペースを合わせる」場合、「時間をかけて食事をするのを待つ」「トイレに何度も出入りするのをそのままにしておく」「着替えに時間がかかる」「なだめ、すかしてお風呂に入れる」など、日常生活動作に時間がかかるのをせかさないで待つことが必要になる。
介護者は「時間が長くかかる」ことにがまんできないことよりも、「ゆっくりしたペース」に我慢できないことの方が多いようだ。
従って「早くしなさいよ」「先程注意したばかりでしょう」「いいかげんにしてちょうだい」「もう手を出さないで」というような、督促、注意、禁止などの言葉が出る。
そうすると「聞いたことはすぐ忘れるが、その時受けた感情が残る」という「感情残像の法則」によって、認知症の人はますます介護者のいうことを聞いてくれなくなるのである。
介護のコツである、「ペースは合わせるもの」をスムーズに行うことは、介護者に気持ちの余裕がなければできない。そのためには次のようなことが必要だ。
まず認知症の症状の特徴とその心理を知る。認知症の人の世界を知り、その世界に合わせた演技ができるようになる。介護保険サービスや介護用品についての知識を深め、介護に適切に生かす。いろいろな人との交流を通して、ほかの人の経験を自分の介護に生かす。
薬を適切に使うことで激しい症状が治まることもあるので、主治医に相談することもよい。
「認知症の人のペースに合わせること」が結局、介護にかかる精神的、身体的、物理的な負担を軽くすることにつながるものだ。