知ってますか? 認知症 (35)
川崎幸クリニック 杉山孝博院長
過去にこだわらない
現在を認めることがコツ
「細かいところにもよく気配りができ、いつも身奇麗にしていたお母さんが、これほどだらしなくなるとは!とても信じられません」
肉親に認知症が始まると、どの家族も現実を認めようとしない。これまでのイメージに固執して、元通りのしっかりした人になってもらおうと、教え込んだり、説明したり、しかったりする。
それで効果が得られるだろうか。分別ある、しっかりした肉親が戻ってくるだろうか。
多くの場合、答えは「ノー」である。
何度教えてもすぐ忘れてしまう「記銘力低下の特徴」、説明されたり否定されたりすればするほどこだわりを強めてしまう「こだわりの法則」、そのようなことをする人をくどい人、嫌な人ととらえてしまう「感情残像の法則」などの特徴から、認知症の症状がかえってひどくなる場合が多いのだ。
正常な言動と認知症の症状である異常な言動が混在するという「まだら症状の法則」にあるように、認知症の人はしっかりした言動をしばしばするし、一時的な混乱が落ち着くと、認知症が治ったと思えるような穏やかな状態になることもよくある。
こんなとき、家族は「やはり認知症ではなかったのだ」「認知症が治った」と思いがちだ。
家族がそのように考えても悪いとは思わないが、残念ながら、元の状態に戻そうとする努力はマイナスの結果をもたらす場合が多い。
結局、現実を認め、それをそのまま受け入れるしかない。現実を受け入れたくない家族の気持ちはよく分かるが、過去にこだわりをもっている時こそ、介護が最も困難な時期である。
かつて社会的に活躍して地位の高かった人、趣味が豊かであった人、やさしく尊敬されていた人が認知症になると、現実とのギャップが大きく、家族の混乱が甚だしい場合が多い。
これまでこの連載で取り上げてきた認知症の特徴を十分理解して、本人の世界に合わせて対応することが大切だ。
「昔の母のイメージにこだわらないで、まだこれもできる、こんな良いところもあると『良いとこ探し』をするようにしたら、気持ちが楽になりました。母の表情もとても良くなりました。介護者の集いでいろいろな方々の体験を聞かせてもらったことがよかったです」とある介護者は語った。
介護のコツの一つが「過去にこだわらないで現在を認めよう」である。