知ってますか? 認知症 (29)
川崎幸クリニック 杉山孝博院長
火不始末で在宅が困難に
「先手を打つ」が有効
「火の不始末」は、自宅ばかりでなく近隣にも大きな迷惑や損害を与えてしまう。一人暮らしの認知症の人の在宅生活が維持できなくなって施設入所にならざるをえない代表的な理由の一つが、近隣からの火の不始末に関する不安の声である。
訪問診療をしていると、畳やこたつの天板にたばこによると思われる焼け跡が無数に見つかる家庭もある。ガスコンロに週刊誌を乗せたまま火をつけたため消防車が出動し、アパートを出ていかざるを得なくなった例を数年前に経験した。
炊事をしているとき、何らかの理由で中断すると、今まで炊事をしていたことをすっかり忘れてしまう。そのため鍋を焦がすことになる。
「火事を出したら大変だから気をつけてね」と注意するだけでは効果はない。どうしたらよいかを考えてみよう。
認知症の初期であれば「火の用心」「マッチ1本、火事の元」などの標語を目につく場所に張っておくことが有効な場合がある。ただし火の点検をした経験がない人や、表示に注目したり意味を理解したりすることができなくなった人に対しては、効果はない。
次に「先手を打つ」という方法がある。例えば万が一の出火に備えて、火災報知器を付け、じゅうたんやカーテンを難燃性のものに替える。石油ストーブや電気ストーブを、火事になりにくいエアコンやパネルヒーターに替える方法もある。
ガス管が外れたらガスが止まる「ガスコンセント」や、熱が上昇すると自動的にガスを止めるセンサー付きのガスコンロを利用するのもいい。
家族が外出するときにはガスの元栓を閉める。燃えやすいものをできるだけ片付ける。たばこの吸い殻をごみ箱に入れてぼやを出すこともあるので、ごみ箱に湿ったぞうきんを入れるか水を張っておく。
認知症の人は新しいやり方を覚えるのが苦手なので、操作法が異なる電磁調理器など新しい器具に替えることによって使えなくする、という手もある。ガスの元栓の位置を変えると、元栓を操作しなくなることもある。
かつて東京消防庁に火事の原因を尋ねたことがある。その時の回答では、放火、ガスコンロやストーブからの失火、タバコの火の不始末が多かった。よく考えれば、それらの大部分は認知症でない人々が起こしているのだ。
「できる限りの対策を実施したので、これ以上は心配しても仕方がない」と割り切るようにすべきであろう。