知ってますか? 認知症 ⑳
川崎幸クリニック 杉山孝博院長
過去の体験が背景に
症状は長く続かない
「こだわり」に対する第7番目の対応法は、「本人の過去を知り、こだわりの思いを理解する」ことである。
認知症の人の強いこだわりには、かつての体験が背景にある場合が少なくない。
ある特別養護老人ホームに施設内徘徊が止まらない二人の認知症の女性がいた。疲労を考えて職員が努力したが、徘徊が止まらなかったという。家族に本人たちの過去の体験を尋ねたところ、一人は昔ハイキングに行って子供を山中で見失って必死に探しまわった経験があり、もう一人は、終戦時満州にいてかろうじて最後の引き揚げ列車に乗って内地に帰った体験を持っていた。つまり二人の女性の脳裏には、「子供を失ってしまう」「外地に取り残されてしまう」という思いが染み付いていて、歩き続けないと気持ちがおさまらないという状況をひき起こしているものと考えられた。
施設のスタッフがどのような対応したのか知らないが、お茶などを勧めながら当時の話をじっくり聞いて、「心配でしたね。でも子供さんが見つかってよかったですね」「着のみ着のままだったのですか。大変でしたね。でも引き揚げ列車に乗れてよかったですね」のように繰り返し話しかけることによって、徘徊がおさまる場合がある。
「記憶を過去に遡って失っていき最後に残った記憶の世界が本人にとって現在の世界である」という「記憶の逆行性喪失の特徴」を理解していれば、本人がこだわる理由や執着の度合いが分かるようになる。こだわりの理由を介護者が理解できれば、症状を受け入れやすくなるものである。
第8の対応法は、「長期間は続かないと割り切る」というものである。
金銭や物に対する執着のように「生存に直結する症状」は何年も続くことがあるが、一般的に、一つの症状は長く続かないで半年から1年ほどで別の症状に変わっていくという特徴がある。
しかし、介護職や家族の中には、積極的な働きかけをしないで症状が軽くなると考えられないものが多い。そのような人たちに私が、「1~2年前に困っていた症状は何ですか」と尋ねると、多くは現在困っている症状とは違った症状を答える。それを確認した上で、「1~2年前に困っていた症状は今ないでしょう。同じように、現在の症状も半年から1年ほどで消えると思います。何年も続くものと決めつけないで、気楽に考えませんか」と話すと、安心した表情になるものだ。