困った介護 認知症なんかこわくない⑭
川崎幸クリニック杉山孝博院長
認知症をよく理解するための8大法則・1原則
第6法則 こだわりの法則
「あるひとつのことに集中すると、そこから抜け出せない。周囲が説明したり説得したり否定したりすればするほど、逆にこだわり続ける」という特徴がその内容です。
ある人とある人との間に何らかのこだわりが生じた場合、普通、相手を説得したり、相手に説明したり、命令したりしてそのこだわりを解消しようとします。ところが、認知症の世界ではこの方法はほとんど通じません。
こだわりの原因が分かればその原因を取り去るようにする、そのままにしておいても差し支えなければそのまま認める、第三者に入ってもらいこだわりを和らげる、別な場面への展開を考える、などの方法が認知症の人のこだわりに対応する基本的なやり方です。
認知症の人の過去の生活体験がこだわりとして現れることがよくありますから、本人の生活体験を知っていると、こだわりに対して上手に対応できます。
例えば、お金や物に対する執着は醜く、他人には話せないと家族は思い、どのように対応していいのか戸惑ってしまいます。私の経験では、金銭に対し強く執着している認知症の人は、多くの場合、かつて経済的に厳しい体験をもっています。女手ひとつで子供を育てた人、倒産や詐欺にあった経験をもっている人、長い間一人暮らしをしていた人など、どの人も、生きて行くのに最も重要な手段である金銭や物に執着するのは無理もない人たちであると言えます。また、道に落ちている物を収集している場合、家がゴミの山になることはたまらないことですが、もったいないと思って拾ってくる認知症の人のほうが、貴重な資源を平気で捨てる人よりよほどノーマルではないでしょうか。
具体的な例を見ていきましょう。
私が担当している保健所の認知症相談(老人精神保健相談)に、初老期の女性が次のような相談に来られました。
「私が外出から帰ると、主人が私の所にやってきて、“今までどこに行っていたのだ。どこで男と逢っていたのだ”と毎回言うようになりました。先日、息子とー緒に帰宅しましたら、息子と関係しているとまで言い出しました。情なくて…。どうしたらよいでしょうか」
さらに話を聞きますと、1年程前から物忘れがひどくなり物を紛失するようになったため、印鑑や預金通帳を奥さんが保管することにして、夫が請求しても渡さないようにしたということでした。
「自分にとって大切なものをあなたがもっていってしまったと考えて、ご主人はあなたに対し猜疑心をもったのです。請求されれば通帳や印鑑を渡しなさい。無くなっても再発行や改印届を出せばよいのだから」とアドバイスをしました。
翌月の認知症相談に奥さんがやって来て、「先生の言われた通りにしましたら、浮気妄想はきれいになくなりました。あれは、本当に認知症だったのですか?」
こだわり続ける認知症の人に対して、その場しのぎの対応や虚偽の言葉で納得させることがしばしば必要となることがあります。
「第2法則=症状の出現強度に関する法則」にあるように、よその人に対してはしっかりした態度を示すことから、第三者がかかわるとこだわりが軽くなることが少なくありません。
認知症の人は、警察官や役所の人、郵便局や銀行の職員、医師など社会的な信頼度の高い人には認知症が相当進んでも信頼するものです。
「私の年金を嫁が勝手に引き出している」と疑い続ける人に対して、貯金通帳を見せながら、「1円も引き出されていない」と家族が説得しても聞き入れませんが、郵便局員から「○○さん、年金は間違いなく振り込まれていますよ。安心してください」と言われると、素直に信じ安心した表情を見せてくれます。残念ながら、一安心しても、記銘力低下(ひどい物忘れ)のためしばらくすると再び心配し始め郵便局へ行くことになります。その時も郵便局員は同じように安心する言葉をさらりとかけてほしいと思います。
これからの高齢社会では、警察官、郵便局員、銀行員、医療機関のスタッフの「業務の一つ」として、「認知症の人に上手に対応すること」を加える必要があるでしょう。認知症の人が警察などに電話をかけたり出掛けたりしようとするのを阻止することは家族に大変な負担がかかりますが、社会全体が理解して認知症の人のこだわりに上手に対処できるようになりますと、深刻な「認知症問題」の問題性が軽くなることはあきらかです。
場面転換によりこだわりが取れることが少なくありません。話題を昔話や趣味の話にもっていったり、昔の写真などを見せると、こだわりが消えてしまう場合が良くあります。また、お茶や食事にするとうまくいく場合が多いので試してみましょう。往診していた92歳の男性が真夜中に騒いで眠らないとき、「軽食を出して食べさせたらよく眠ってくれるようになりました」と家族は報告してきました。
いちいち対応して消耗するのが介護者ですが、見方を変えて、対応しないでそのままにしておくことが介護を楽にすることになります。
例えば、タンスから着物を引き出し部屋一面に広げている場合、畳んでタンスに戻してもすぐ引き出して散らしてしまいます。「目に見えないと大切な着物がなくなったと思って心配しているからだ。おかあさんの着物なのだし、自分の部屋なのだから好きなようにさせておこう」と考えてしまえば簡単です。
ものに対する執着などは長く続くことがありますが、一般的には、一つのこだわりの症状はせいぜい半年から1年間しか続きません。「1年間の辛抱だ」と考えることもよいでしょう。
きれいで整った環境、規則正しい生活が誰にとっても望ましいものと考えがちですが、知的機能の低下によって社会的規範の束縛から自由になった認知症の人にとっては窮屈で不自由なもの以外の何物でもありません。そのままにしておいて何が問題なのかと考える習慣をつけると、介護者とってのこだわりが取れていくでしょう。