あなたの『終の住処』はどこですか?!〈連載11 〉

歯科医師による『訪問歯科診療』
入れ歯作りから口腔ケアまで訪問治療します
一般社団法人日本訪問歯科協会 理事(広報担当) 前田実男さん
毎日美味しく食事をいただくには、噛むための歯(義歯も含む)が整っていることが大切ですが、歯医者さんに行けない状態の入院中や施設入居中、在宅療養している時などは『訪問歯科診療』を利用することができます。
全国の歯科医院は約6万8000軒あり、そのうち1年間に1回以上訪問診療している歯医者さんは12000軒以上、毎週訪問しているところは約3000軒ほどです。訪問歯科診療にはグループで専門にしているところや、歯科医院が外来の合間に訪問診療しているところがありますが、在宅で治療するのは高齢者に限らず障害者も含まれ、さまざまな条件下で治療が行われます。
今回は、訪問歯科診療の受診の流れやメリットについて前田実男さんにお聞きしました。
誰に相談依頼すればいいの?
在宅で介護保険を利用していれば、ケアマネジャー(ケアマネ)からの依頼が一番多いです。また、病院の入院患者さんの場合には、看護師長がその辺のことはよくご存知ですし、退院する時の調整室からの依頼もあります。老人ホームなどの施設では1日9人ぐらいまとめて診ます。
本来は今までかかっていた歯医者さんに来てもらうのが一番いいわけですが、訪問診療をやっていなかった場合には、その先生から紹介してもらうか、私どもの協会をネットで検索していただければ、協会員の先生がすぐに分かります。
「今まで歯医者に行っていたが、もう1人では通院できなくて困っている」とケアマネに相談すれば、今まで通っていた歯医者さんが訪問診療してくれることがわかったケースもあるので、いつも通っている歯医者さんに訪問診療できるか聞いてみることです。
在宅での訪問歯科診療の流れ
歯医者さんの立場からすると、医院で治療するのとは違って家庭の事情を知ることから始まります。
依頼のあった患者さんの状況を知るために、先にケアマネにフェイスシートを見せてもらい、家族の誰が意思疎通できるか、誰が最終的な決定権を持っているかということを把握した上で、初回の訪問には極力、ケアマネに立ち会ってもらいます。
そして、口の中の状態を診察して、治療に何回くらい訪問する必要があるのか、どのくらいの日数で訪問するかを説明した上で、話し合って決めて管理計画書を作成し、治療後の口腔衛生管理についての説明も行います。
そして、介護保険と医療保険のおおまかな費用を提示して合意のもと治療にかかります。
訪問歯科診療は入れ歯作りから口腔ケアまで
通院困難な方に多い訴えは、「食べられなくて困っている」というのものです。
食べられなくなった原因は、入れ歯を壊してしまったり歯が抜けてしまった、あるいは入れ歯が痛いなどさまざまです。訪問歯科診療では、通院困難な方の訴えをくみとって、むし歯や歯周病などの治療や入れ歯の作製・修理、口腔ケアなどに対応しています。
また、誤嚥性肺炎の予防や食べる楽しみの回復など、口腔機能のリハビリテーションも行います。治療の方法は利用者の体力に合わせて無理のないように進めていきます。費用は医療保険や介護保険が適用されます。
(日本訪問歯科協会HPより)
訪問歯科診療 受診メリット
受診メリット① 移動や待ち時間がない!
本人が出かけられない状態(歯科医院へ通院が困難)ですと、歯医者さんまで介護タクシーなどを利用する必要がありますが、訪問歯科診療ですとその費用もかからないし待ち時間もないので便利です。
受診メリット② 病院の緊張感がない!
通常の生活環境の場で治療をするので安心されます。病院に来られるだけで血圧が上がったりされる方もおられ、歯医者さんだとなおさら嫌がられます。
受診メリット③ 家庭環境を見て噛めない原因をアドバイス
歯医者さんから見ると、患者さんの家庭環境がわかることでどんなものを食べているか、食事をどこでしているかなどで、食べない原因がわかるそうです。
横になっている時間がどのくらいなのか。どのようなベッドで生活をしているのかによってあごの位置、使い方が全然違ってくるそうです。
例えば、独居で1日1回配達されるお弁当を3回に分けて食べている方は、噛みにくいから3回に分けていることがあります。そうすると栄養が絶対足りず、だんだん痩せて筋肉が落ちて動けなくなってしまう。それには入れ歯をきちんと治療して噛める状態にしてあげることで食べられるようになるといったことを、ケアマネにアドバイスできるわけです。
受診メリット④ 固くなった口周りの筋肉をほぐす!
人間は噛む時に口を閉じないと、開いたままではものが飲み込めないわけです。口が閉じる状態にするには、口周りの筋肉が正常に動いていないといけないわけで、ずっと使っていないと固くなってくるわけです。それには首の方からほぐしてあげることが大切で、「言語聴覚士や理学療法士にお願いされたらどうですか」とケアマネに相談ができるわけです。
在宅で一番多い『入れ歯』の相談
訪問診療の依頼が一番多いのは「入れ歯」だそうです。在宅での治療器具も訪問歯科医や私ども協会からもアドバイスし、かなりコンパクトに改良されているので、入れ歯治療も簡単にできるようになっています。
本人や家族から入れ歯を入れて欲しいという依頼の中には、状態を見ると入れ歯を入れても無駄だというケースがあります。
例えば、赤ちゃんと同じ原始反射と言って、お年寄りがしょっちゅう口を尖らせたり動かしている方です。そういう方は入れ歯を入れても苦痛で使いこなすことができないわけです。国のお金で作るわけですから、家族に「状態から入れ歯を卒業する年です」という風に説得しても、「噛めなくてもいいから見栄えを良くしてください」と言われるんです。それは亡くなった時に顔が崩れないように入れて欲しいという依頼だったりします。入れ歯を作っているうちに亡くなる方もおられます。
訪問歯科用治療器具/吉田ポータブルユニット
運びやすくコンパクト形にしています
良い訪問診療の歯科医さんの探し方
「良い訪問歯科医はどうやって探せばいいんですか」ということを聞かれます。ひとつの目安となるのが、施設基準です。訪問歯科診療をする時の届け出で、『在宅療養支援歯科診療所の施設基準』を取っているところです。ここは一定水準の研修を受けて一定水準の数をこなし、介護事業者との連携が取れている実績のあるところです。歯医者さんにとっては、この届け出によって保険点数が高く取れるというメリットがありますが、利用者さんにとっては数十円の差です。それよりも一定水準をクリアし経験豊富な歯医者さんなので安心できます。
※この施設基準を取っている歯科医院は、各厚生局のHPで見ることができます。
日本訪問歯科協会の活動
介護保険制度と同時に訪問歯科診療を発展させていくために設立された日本訪問歯科協会の会員数は現在1400医院。ニュースレターの購読者は14000軒以上と多いそうです。訪問歯科診療をしているところは前述しているように年に1回以上が12000軒、毎週往診しているところは3000軒とまだまだ少ない状況です。
医療費の削減が社会問題になっている中、要介護者の口腔状態が良くなれば、間違いなく医療コストが軽減されることから、社会貢献あるいは社会的責任という側面からみても、訪問歯科診療の普及は歯科関係者や協会にとっては急務であり、身体だけではなく精神的な健康も視野においた質の高い訪問診療を目指しています。
協会が訪問診療始める歯医者をサポート
高齢社会において必要とされる在宅サービスのひとつですが、これから歯医者さんが減少する傾向にあることが、訪問診療にも影響することが懸念されています。
どこの歯医者さんも軌道に乗っているところは人手が足りません。そして、これから訪問診療を始めようとするところは認知されていないので患者さんが来ないと、訪問診療の立ち上がりから認知されるまで結構時間がかかることから、日本訪問歯科協会としては、訪問診療を始める歯医者さんの悩みに対してサポートしています。
訪問診療する歯科医の悩み
①患者さんから依頼が来るようにするにはどうすればいいのかわからない。
②医療保険の請求の仕方はわかるが、介護保険の請求の仕方がわからない。介護保険で算定できても医療保険で算定できないものがある。提出する文書量が多いので医療事務の問題があります。
③訪問診療時の問題いろいろ。
◎外来で来る患者さんは話も通じますが、訪問診療の患者さんで、認知症が進んでいると意思疎通できる方が少ない。
◎訪問診療の場合は必ずしも高齢者とは限りません。例えば、うつ病で動けない、精神疾患があって動けない方もいますので、外来だけをやっている先生にとっては戸惑いがあります。
◎薬をたくさん飲んでいる方が多いので、薬とのトラブルが起きやすいです。治療の内容によっては歯を削るだけではなくて、血が出たりするので脳梗塞の薬を飲んでいるかなどの確認(最近では薬を止めずに治療します)。
◎気持ちの波がある方はすごく暴れる時間帯があるので、落ち着かせるための薬をちゃんと処方されているかを確認して治療します。
◎どの先生も一番初めに「口を開けてください」と言っても開けてくれない患者さんがいるので困ると言われます。「歯がグラグラして誤嚥すると危ないので何とかしてほしい」と呼ばれても、頑なに口を開かずに拒否されるそうです。緊急で本当に危ない場合は、固定して押さえつけてでもやらないといけないわけです。
『認定医』制度を設ける
以上の問題点に対応するために、協会では『認定医』制度を設けて講習会を開いています。
高齢者歯科だったら通院できる高齢者、障害者歯科は障害のある方がメインの患者さんです。訪問歯科は高齢者歯科と障害者歯科がオーバーラップしている部分が対象とも言えます。
また、外来ではあまり見かけることのない嚥下障害(飲み込みができない)です。訪問してみると結構多いと報告されています。嚥下障害に対しては口の中を衛生的にするだけでなく、嚥下のトレーニングをしないといけないわけです。近年になって摂食嚥下障害の対応は、歯科大学のカリキュラムに組み込まれています年輩の歯医者さんたちは、学校で学ぶことがなかったため自分で勉強しなければなりません。そこで協会では「認定医制度」を設けて研修や講演会をしています。