認知症本人たちの活動 〈下〉

「希望のリレー2026」小さな声から今と未来へ
一般社団法人 日本認知症本人ワーキンググループ(JDWG
東京で開催された「希望のリレー2026」の第2部では、認知症のある本人をはじめ、行政、医療、地域、企業などさまざまな立場の人が登壇し、それぞれの思いを語りました。
立場は違っても、共通していたのは「認知症になっても役割を持ち、自分らしく暮らせる社会をつくりたい」という願いです。会場には笑顔と笑い声があふれ、ときには大きな拍手に包まれながら、希望のバトンが次の世代へと受け渡されていきました。
当事者の話が社会を変えていく
第2部の冒頭では、厚生労働事務次官(役職は当時)の伊原和人さんがあいさつに立ちました。
「行政の人間が話すより、当事者の皆さんのお話を聞くことが何より大切だと改めて感じました。皆さんのお話を聞いて、私自身が元気をいただきました」と率直な感想を語ります。
伊原さんの母親も認知症で施設に入所しています。週に2回電話で話をするそうですが、「今日皆さんのお話を聞いて、母もこんな思いで暮らしているのかもしれないと感じました」と、自身の体験を交えながら話しました。
さらに、厚生労働省に入省した40年前を振り返り、「当時の認知症施策は行政や家族の視点でまとめられ、本人の声はほとんどありませんでした」と説明します。
しかし現在は、認知症のある本人が自ら発信し、社会を動かす時代へと変わりました。
「認知症は特別な人だけの問題ではありません。誰もが当事者になる可能性があります。だからこそ、年齢を重ねても前向きに暮らせる社会を皆さんと一緒につくっていきたいと思います」と呼びかけました。
仲間がいるから前へ進める
続いてオンラインで登場したのは、あきたオレンジ大使(秋田県の希望大使)の神原繁行さんです。
高校時代には甲子園を目指して野球に打ち込み、その後も長年仲間と野球を楽しんできました。
認知症になってからは一度野球を離れましたが、近所の仲間から「また一緒に大会へ出よう」と声を掛けられたことをきっかけに、再びグラウンドへ戻ることを決意しました。
「野球という言葉さえ忘れてしまった時期もありました。でも今年は野球を頑張ろうと思っています」
その笑顔に、会場から大きな拍手が送られました。
パートナーで作業療法士の佐藤昌子さんは、「7月の大会に向けて毎日練習を続けています。私も応援幕を作って応援に行こうと思っています」と話し、地域の仲間とともに歩む姿を紹介しました。
楽しいことを続けたい
続いてリモートで小林さんは、認知症と診断されて約5年になります。
「難しいことは以前のようにはできなくなりました。でも、それを気にするより、楽しいことを続けていきたいと思っています」
現在も会社に勤めながら、自分らしい毎日を送っています。
「今日は皆さんのお話を聞いて、自分ももっと前向きになれました」
飾らない言葉に、多くの参加者がうなずいていました。
パートナーの池原さんも、「今日は小林さんと一緒に参加できて本当によかったです」と笑顔で話しました。
おいしいコーヒーの秘訣は「心です」
京都府認知症応援大使で全国版希望大使の鈴木貴美江さんは、認知症と診断されて間もなく13年になります。
「チームFC岩倉のみんなと出会えたおかげで、毎日楽しく過ごしています。私はコーヒーを淹れることが得意です。ぜひ京都・岩倉へ飲みに来てください」
87歳とは思えない明るい笑顔で会場を和ませました。
地域包括支援センターの松本恵生さんは、地域で畑づくりやものづくり、カフェなどさまざまな活動を一緒に続けています。
この日も鈴木さんが来場者へコーヒーを振る舞いました。
松本さんが「おいしいコーヒーを淹れる秘訣は何ですか」と尋ねると、鈴木さんは迷わず、「心です」と一言。
「豆ではなくて? 温度ではなくて?」ともう一度尋ねられても、「心です」
と笑顔で答え、会場は大きな笑いと温かな拍手に包まれました。
娘の鈴木祐三子さんも、「母は認知症と診断されてからの方が元気になりました。楽しいことを続けながら暮らしている姿を見ていると、本当にうれしく思います」と語りました。
最後に貴美江さんは、「今度は韓国へ行ってコーヒーを淹れたいです。飛行機にはまだ乗ったことがありません」と新たな夢を披露し、会場から大きな拍手が送られました。
認知症になっても夢を持ち、仲間とともに笑い合い、自分の役割を続ける。
第2部前半では、そんな姿が次々と紹介され、会場全体が温かな希望に包まれていました。
地域の仲間が暮らしを支える
香川県では、認知症希望大使として活動していた故・志度谷利幸さんの思いを、妻の久美さんや地域の仲間が受け継いでいます。
久美さんは、「主人が亡くなって一年半になりますが、認知症になったことで本当にたくさんの人と出会い、楽しい時間を過ごすことができました」と振り返ります。
活動のきっかけは、地域包括支援センターから「地域のグループを作りませんか」と声を掛けられたことでした。
「近所に気軽に話ができる仲間がいることが、どれほど心強いかを実感しました。認知症になっても、一人で抱え込まないでください。近所で笑顔で話せる人が一人いるだけでも、毎日は大きく変わります」
その言葉には、介護を経験した家族だからこその重みがありました。
一緒に活動する三井雪子さんも、「最初は同じ団地に住んでいても、お互いほとんど知りませんでした」と話します。
ラジオ体操をきっかけに交流が始まり、地域包括支援センターへつながったことが、現在の活動へと発展しました。
「これからも認知症の人が増えていきます。その時に、安心して集まれる場所を地域に残していきたいと思っています」
さらに三井さんは、自身も軽度認知障害(MCI)であることを明かし、「だからこそ、皆さんと仲良く、大きな声で笑って暮らしていきたいですね」と語り、会場は温かな拍手に包まれました。
病院にも地域の風を届けたい
続いて登壇したのは、国立がん研究センター東病院精神腫瘍科の小川朝生さんです。
がんの専門医である小川さんは、「なぜ、がんの医師がこの会に参加しているのかと不思議に思われるかもしれません」と切り出しました。
近年、一般病院でも認知症のある人が治療を受ける機会は増えています。しかし病院では、病気ごとの専門性が重視されるあまり、その人の暮らしや地域とのつながりが十分に見えていない現状があります。
「病院はどうしても縦割りになりがちです。がんならがん、認知症なら認知症と、それぞれの病気だけを見ています。でも、患者さんは地域で暮らす一人の生活者です」
この日、地域で活動する多くの本人や支援者の話を聞いた小川さんは、「病院の中にも、この会場のような温かな風を通したい」と語りました。
そして、「病院が変わるためには、皆さんの声が必要です。『病院がこんな場所になったらいい』という思いを、ぜひ聞かせてください」と呼びかけました。
本人の声から生まれた靴下
認知症のある本人の声が、新しい製品を生み出した事例も紹介されました。
愛知県認知症希望大使の近藤葉子さんは、地域包括支援センターの鬼頭史樹さんから声を掛けられ、靴下メーカー株式会社大醐とともに商品開発に参加しました。
きっかけは、「認知症の人は靴下が履きにくい」という何気ない困りごとでした。
近藤さんたちは何度も話し合いを重ね、
「足を入れる場所が分からない。」
「入口に色が付いていたら履きやすい。」
といった率直な意見を伝えました。
その一つひとつの声をもとに完成したのが、履き口が分かりやすく工夫された靴下です。
株式会社大醐の後藤裕一社長は、自身の父親も認知症だったことを明かしました。
「それまでは、認知症のある本人と一緒に商品を作るという発想はありませんでした。でも、一緒に開発することで、本人だからこそ分かる困りごとや工夫がたくさんあることに気付きました」
「私たちは靴下しか作れません。でも、それぞれの企業が本人と一緒に考えれば、もっと暮らしやすい社会になるはずです」と話しました。
認知症の人と企業がともに創る社会へ
経済産業省ヘルスケア産業課の平井篤さんは、「オレンジイノベーション・プロジェクト」の取り組みを紹介しました。
このプロジェクトは、認知症のある本人と企業の開発担当者が一緒になって、製品やサービスを生み出す新しい挑戦です。
「企業の皆さんは、認知症のある本人と日常的に話す機会がほとんどありません。一方で、本人には日々の暮らしの中に多くの知恵があります。その出会いが、新しい商品やサービスを生み出しています」
本人の困りごとは、新しい価値を生み出すヒントでもあります。
平井さんは、「こうした取り組みが特別なことではなく、社会の当たり前になってほしい」と期待を寄せました。
希望のリレーは来年へ
最後に代表理事の山中しのぶさんが閉会のあいさつを行いました。
行政、医療、企業、地域、そして認知症のある本人と家族。
立場は違っても、目指している未来は同じでした。
認知症になっても、自分らしく暮らし、役割を持ち、笑顔で地域とつながって生きていく――。今年の「希望のリレー」は、その未来が決して遠い理想ではなく、一人ひとりの小さな行動から実現していくことを、参加者全員に教えてくれました。
「本人の声は、社会を変える力になります。」
第1部で語られたこの言葉は、第2部で行政や医療、企業、地域へと確かに受け継がれていました。
認知症のある本人の思いに耳を傾け、ともに考え、ともに歩む人が増えていく。その積み重ねが、認知症になっても希望を持って暮らせる社会をつくっていくのでしょう。
「希望のリレー」という名前のとおり、一人ひとりの思いは人から人へ、地域へ、そして未来へとつながっていきます。来年もまた、新たな希望のバトンが、多くの人の手から手へと受け渡されることを願っています。
認知症本人大使(希望大使)とは
認知症本人大使(希望大使)は、厚生労働省が2020年に創設した制度です。認知症のある本人が、自らの体験や思いを発信し、「認知症になっても希望を持って暮らせる社会」の実現を目指して活動しています。講演会やシンポジウム、学校や企業での啓発活動、国際会議への参加などを通して、認知症への理解を広げています。
国の希望大使は現在7名で、2020年に5名でスタートし、2024年に2名が加わりました。また、各都道府県でも「地域版希望大使」の設置が進められており、2026年3月31日現在、28都道府県で100名が活動しています。
希望大使になるには
国の希望大使は厚生労働省が任命します。一方、地域版希望大使は各都道府県が任命・委嘱しており、公募のほか、認知症本人や家族の団体、市町村などからの推薦によって候補者を募ることが基本とされています。任期や人数、選考方法は都道府県ごとに定められています。
選ばれるために特別な資格は必要ありません。大切なのは、「認知症になっても自分らしく暮らしていること」や「自分の体験を社会に伝えたい」という思いです。認知症カフェや本人ミーティング、地域の啓発活動などに参加し、その活動を通して希望大使に任命される人も少なくありません。









