あなたの『終の住処』はどこですか?!〈連載12 〉

『在宅ホスピス緩和ケア』死ぬところは自分で決められる(上)
最期まで“すまい”で一人暮らし/お金がなくても大丈夫!!
小笠原内科・岐阜在宅ケアクリニック 小笠原文雄院長
日本在宅ホスピス協会会長
厚生労働省が2017年に実施した調査では、国民の63.5%が「自宅で最期を迎えたい」と希望しています。そして、2020年の死亡者のうち在宅死できた人の割合は15.7%、68.3%は病院で亡くなっています。
今回の『在宅ホスピス緩和ケア』は終末期、一人暮らしでお金がなくても、住み慣れた“すまい”で最期を迎えたいという願いを叶えている小笠原内科の小笠原文雄(ぶんゆう)院長に、『在宅ホスピス緩和ケア』を可能にしている『介護の負担を減らす10か条』(別項目参照)を2回にわたって、3回目は入院するよりも在宅医療費が少ないお金のことをご紹介します。
家に帰れば3割が長生きする
小笠原文雄院長が往診を希望され、患者さんの家に訪問診療を始めたのは1989年。『在宅ホスピス緩和ケア』で最期まで家で支え続けたのは2000人、一人暮らしの看取りは136人を経験する中で『介護の負担を減らす10か条』が出来あがってきました。
小笠原先生によると「病院から家に帰りたいという人は家に帰る方がベストで、帰ると95%の人が笑顔で元気になります。その延命効果は3割もあります。7割の人は病院と同じように死んでいきます」と。
この在宅看取りのエピソードを著書「なんとめでたいご臨終」と続編で紹介しています。紹介されている患者さんと家族と小笠原先生が笑いながらピースしている写真ばかりです。これから死を迎えようとしている時にみんなが笑ってピースしているのに驚かされます。
がん末期の76歳男性が旅立つ前日、家族と小笠原院長、訪問看護師らが笑顔でピース
希望死・満足死・納得死が叶う
最期まで“すまい”にいたいという願いは、質の高い在宅医療(在宅ホスピス緩和ケア)を受けることによって、患者さんは自由と癒し、生きがいを感じ、朗らかに生きて清らかに旅立てた時、希望死・満足死・納得死が叶うそうです。
「生まれるところは決められないが、死ぬところは自分で決められる。
希望死というのは自分の希望した生き方ができることです。そして、本当は入院したくないけれど家族に入院させられると満足できない。最期はすまいの天井を見ながら、こうやって生きてきたんだなと思えば心穏やかになるわけです。家族も患者さん両方が満足できることが大事です。
笑顔でピースをした家族はみんな笑顔で生きています。白血病の患者さんのことを本に書いていますが、『親が死んでみんなが笑顔なのはおかしい』と話していた娘さんが、亡くなったあと『笑顔でピースをやろう』と言いました。それで希望死・満足死・納得死を本人ができると同時に、それは大往生です。そうすることで遺族が笑顔で生きられるわけです。ここが一番大きいです。死んでいく人の肉体の命は終わりですが、残った人の壽命に好影響をもたらすからです」と、残された家族の心のケアだと言います。
『在宅ホスピス緩和ケア』と「入院ホスピス」の違いは?
入院ホスピスの多くは、患者さんが末期がんであることの病状を認識し、積極的な治療がないことを受けいれていることを入院の条件としています。
一方の在宅ホスピス緩和ケアは、積極的ながん治療、例えば抗がん剤治療やホルモン治療などを継続しながら、痛みや苦痛を緩和し、さらに積極的治療を継続していくことも可能となります。
事例 なんとめでたいご臨終 がんで一人暮らしの男性
がんが治ったからと退院した男性。ケアマネさんが来るたびに「大丈夫ですか」と聞かれるものですから不安になり、そのたびに救急車を呼んで病院へ。病院の方は何度も救急車を呼んでも良くなることはないのだから「申し訳ないが往診してもらいなさい」と在宅療養を勧めました。
私が往診すると「不安なんです」と言われたので、「本当のことを知りたいですか」と聞くと「当たり前です。一人暮らしだから私が全て決めないといけないから、本当のことを言ってください」と言われたので、病院からの紹介状を読みました。
「患者さんに抗がん剤を使ったけれども全然効果がありませんでした。一人暮らしで不安があるので在宅へ帰ってもらえませんでした。そこで抗がん剤を使ってがんは大きくなりませんでしたので、抗がん剤を使って効いたと思って退院してくださいと言いました。実のところ肺にも転移していますし、間もなく苦しんで亡くなられると思います。あとはよろしくお願いします」と書かれていました。
本人にはそのことは聞かされていなかったわけです。そのことを聞き、「えっ、じゃあ、私は死ぬの」と声を発し、ガクッと頭を下げられました。しばらく、沈黙のときが流れたのち、僕は握手しながら「このまま死んだらつまらん。在宅緩和ケアをやると3割の人は長生きするよ。笑うから笑顔になって長生きするんだよ。あんたこのまま不安だと言って救急車ばかり呼んでいたら、間違いなく苦しんで早く死ぬよ」と言い、心のケアを提供しました。
そうしましたら微笑みだされました。本当のことを言わないことは虐待になることもあるんですよ。中にはご家族にだけ告知をする医師もいます。私たちは本人から聞かれたら必ず本当のことを言います。本当のことを聞いた方が長生きします。それが真実です。本当のことを知って落ち込んで、それから這い上がってくるわけです。その時に医師とか看護師のケアが必要なんです。
『介護の負担を減らす10か条』
『在宅ホスピス緩和ケア』を続けていく中で、必要とされるサービスやシステムなどが加えられてできたのが『介護の負担を減らす10か条』です。
小笠原先生は「最期まで笑って生きてほしい。それは誰もが願うことではないでしょうか。その願いを叶える方法の一つは家族が疲れないことです。在宅医療では家族が介護をする必要はありません。介護したいと希望される家族もいるでしょう。そんな時はこの10か条を心に留めてほしいと思います。そうすれば家族が温かい気持ちで患者さんを支えることができます。医療従事者の皆さんにも是非読んで欲しいと思います」と話されています。
今回は①〜⑤までについてご紹介します。
『介護の負担を減らす10か条』
① 「介護保険」を上手に使う
② 「ACP」(人生会議)を繰り返し行う
③ 「PCA」(患者自己調節鎮痛法)を行う(痛い時は自分でボタンを押す)
④ 「夜間セデーション(昼は起きて、夜だけ眠る鎮静)」を行う
⑤ 「尿道留置カテーテル」を検討する
⑥ 「タッチパネル式テレビ電話」を使う
⑦ 「教育的在宅緩和ケア」をお願いする
⑧ THP(トータルヘルスプランナー)多職種協働のキーパーソンに相談する
⑨ THP+情報共有アプリを活用する
⑩ 「心のケア」で支える
① 「介護保険」を上手に使う
介護保険ができたおかげで、介護ヘルパーや訪問入浴、デイサービスなど生活を支えてくれるプロを少ない負担で頼めるようになりました。また、介護ベッドやポータブルトイレ、エアーマットなども安価で借りられます。手すりをつけるなどの改修工事も介護保険が利用できます。介護保険を上手に使うことが、家族の身体的負担や金銭的負担を減らす方法です。
② 「ACP」(人生会議)を繰り返し行う
ACPとは患者さんの願いが叶うように話し合いをすることです。家族に介護されることを嬉しいと思う人もいれば負担に感じる人もいます。家族に朝食を作ってもらうことを規則正しい生活ができて嬉しいと思う人もいれば、好きな時間に起きたいと思う人もいます。家族がよかれと思っていても、患者さんが望んでいなければストレスになります。お互いが笑って暮らすために、ACPを退院時だけでなく繰り返し行ってほしいのです。
この人生会議をとりまとめるキーパーソンが⑧のTHP(トータルヘルスプランナー)です。
③ 「PCA」(患者自己調節鎮痛法)を行う
PCAとは自分で痛みや苦しみを取る方法のことです。痛みや苦しみがある患者さんには「PCAポンプ」という医療機器を使って、医療用麻薬のモルヒネなどの薬を24時間持続的に皮下注射します。
痛みや苦しみが取れない時は、PCAポンプについているボタンを押すとモルヒネが追加されます。患者さんは医師や訪問看護師を呼ばなくても痛みや苦しみをとることができます。何度押しても定量以上は入らないので安心です。
人間の心理としては、本人が何回押してもいいということであれば心が穏やかになります。1時間待ちなさいとなるとめちゃめちゃ辛いわけです。
PCAポンプはお弁当箱サイズなので、鞄に入れたり車いすのかごに入れたりして外出することもできます。
④ 「夜間セデーション(昼は起きて、夜だけ眠る鎮静)」を行う
夜の間だけ熟睡することで痛みを感じさせない方法です。痛みを取る方法はいろいろありますが、夜間セデーション(夜だけ眠る鎮静)はその一つです。
人間は睡眠のリズムが崩れると自律神経が乱れ、不安を感じやすくなります。不安は痛みを増幅させるので、「家で過ごすことは無理なんだ」と思ってしまうのです。
夜間セデーション(夜だけ鎮静剤を投与して夜だけ眠る)を行うと、夜は熟睡できて、朝には薬が切れて自然と目が覚めるので、生活のリズムが整います。熟睡していれば、家族が起こされることもヘルパーが呼ばれることもありません。患者さんも「ぐっすり眠れて、痛みも取れてこんないいことはない」と喜ばれます。
⑤ 「尿道留置カテーテル」を検討する
尿道留置カテーテルを使うメリットは、トイレに行く必要がなくなること、おむつ交換の回数が減って介護が楽になること、夜中のおむつ交換がなくなることで患者さんも家族も熟睡できること、ヘルパー代を抑えられること、水分摂取も気にならないことなどたくさんあります。
尿道留置カテーテルを使うことに抵抗を感じる人は多いですが、私が在宅医療で看取った一人暮らしで寝たきりの患者さんのうち約8割の人に使ったところ、「こんなに楽なんて」と皆さん喜ばれました。尿道留置カテーテルはいつでも外すことができるので、安心して使って欲しいと思います。
最期までおむつを希望されるなら、巡回型ヘルパーを頼むとか、尿の吸収量が多いおむつを使えば、家族の負担は減らせます。最近では尿量5回分 (1000cc)を吸収できる紙おむつも販売されています。